『劇場建築セミナー』~劇場建築家、自作を語る~Vol.02 開催レポート
大盛況で幕を閉じたVol.01に続き、その翌月にVol.02がP.O.南青山ホールで開催されました。今回は、東京工業大学(現・東京科学大学)名誉教授であり、環境デザイン研究所会長の仙田満氏、ゼネラルマネージャーの古藤田茂氏、久住郁子氏をゲストにお迎えしました。
劇場建築の原体験
最初のトピックは、仙田氏の劇場建築の原体験についてでした。仙田氏が大学時代に感銘を受けた建築として挙げたのが、谷口吉郎氏設計の東京工業大学創立70周年記念講堂です。自身が入学する2年前に建てられたこの講堂は、自然光を取り込むつくりと繊細な意匠が特徴的で、「安心感を与えるような建築」であったそうです。
大学卒業後、仙田氏は菊竹清訓建築設計事務所に入所し、2年目には久留米市民会館の設計に携わりました。委員会の際に、菊竹氏がその場で黒板にスケッチを描いて案を示したというユニークなエピソードが語られました。さらに、事務所から独立後、初めて設計を手掛けた劇場建築である秋田県立児童会館・こども博物館(1980年)にも話は及び、アーティスト・脇田愛二郎氏との協働について紹介されました。
劇場設計における目標と理念
今回の建築セミナーを機に、環境デザイン研究所がこれまで手掛けた劇場建築を改めて整理したところ、その数は35作品に及んだとのこと。多目的ホールや専用ホール、そして近年ではアリーナまで、その用途は実に多岐にわたります。
環境デザイン研究所は、『困難をのりこえる力をもって成長できるこどもの成育環境』を実現するデザイン計画を行い、すべての人の環境価値の向上を目指すことを目標としています。この目標を具体化するのが、子どもが遊びやすく、意欲や感動を喚起する「遊環構造」と、多様な技術者が力を合わせ、つくりあげていくという「一座建立」というメソッドです。こうした思想を軸に、遊具などの小さなスケールのものから、まちづくりという大きなスケールのものまで、幅広い領域でデザインに取り組んでいます。
また、仙田氏が菊竹清訓建築設計事務所在籍時から親交を深めてきた、元環境デザイン研究所所長・故斎藤義氏とのエピソードについても語られました。
仙田氏は「彼こそがまさに“劇場建築家”であったのではないか」と述べ、斎藤氏への敬意を示しました。建築やまちをより良いものにするためには、建築そのものだけでなく、社会システムそのものを変えていく必要がある。そう考えていた仙田氏は、斎藤氏と協同し設計を進めていきました。
仙田氏は斎藤氏とともに、環境デザイン研究所における劇場建築の理念を築き上げました。その理念は「劇場とは“めまい空間”である」とし、感動や一体感を喚起し、没入、集中できる空間づくりを目指すというハード面から、「公共劇場に携わる主役は『舞台出演初体験の一般市民』であり、市民が観客としてだけでなく、出演者や技術スタッフとして参加できる環境を目指す」というソフト面まで、計7項目にわたるもので、会場でも紹介されました。
また、環境デザイン研究所の劇場設計の目標として、「観るを極める」、「聴くを極める」、「参加を極める」の3つを掲げ、これを最大限に実現することに取り組んでいると語りました。
『劇場』から『まち』へ拡がる設計思想
実際に、環境デザイン研究所は数々のプロジェクトの中でどのように劇場づくりを行ってきたのでしょうか。
古藤田氏と久住氏から、環境デザイン研究所を代表する様々な事例が紹介されました。
河口湖ステラシアター(1995、2007年)や柏崎文化会館アルフォーレ(2012年)などに見られるように、環境デザイン研究所が手掛ける劇場の平面プランには、「掌(たなごころ)型」の客席配置を追求している点に特徴があります。「掌型」とは、広げた掌を舞台、指を客席に見立てたもので、左右の客席ブロックに急な勾配をつけることにより、舞台と客席の一体感を生み出しています。客席の平面計画には特に建築家の設計思想が映し出されていることが分かります。
また、斎藤氏との最後の協働作となった小田原三の丸ホール(2021年)では、劇場の“外”にまで工夫が施されている点が印象的でした。「複合型文化施設」として計画された本ホールは、歩行回遊性を高めるため、敷地を貫く動線と街路を交差させ、さらにホワイエを展望スペースとして一般開放することで、まちの新たなにぎわいの拠点となることを目指しています。
環境デザイン研究所の理念は、“まちづくり”にまで拡がります。“劇場を中心としたまちづくり”として、「時間を楽しむ」、「環境を楽しむ」、「イベントがない時でも楽しむ劇場」などの5つの目標を掲げており、こうした考えを実現した代表例として日常的にスタジアム空間を開放している長崎スタジアムシティ(2024年)が紹介されました。
このように、環境デザイン研究所の劇場づくりには、舞台と客席の関係性から劇場を取り巻くまちとのつながりまで、様々なスケールでデザインするという姿勢が見てとれます。
『遊環構造3.0』が描くこれからの劇場
仙田氏は、長年にわたり空間構成のあり方を探究し、その思想を深化させてきました。1984年に発表した「遊環構造1.0」は、その後「遊環構造2.0」へと発展し、2026年には、新たに「遊環構造3.0」を提示しました。そこでは、長崎スタジアムシティにもみられるように、空間をオープンにすることで人々の意欲を喚起するという新たな考え方を打ち出しています。また、その背景について仙田氏は、「建築と運営の一体化を目指す意図がある」と述べました。
また、自身の原体験・原風景が気持ちが落ち込んだ時に立ち直ることのできる環境だったことに触れ、「劇場空間においても、誰かの支えとなるような環境をつくることが重要である」と述べました。また、イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィらが提唱した「アタッチメント理論(愛着理論)」の建築への応用を考えているとのこと。仙田氏はこの理論を「挑戦のためには“安心基地”が必要」と捉え、この“安心基地”を空間として拡げていきたいと述べました。その根底にあるのは、セミナー冒頭でも掲げられた「困難をのりこえる力をもって成長できるこどもの成育環境」という目標であり、それを実現するためには、「コミュニティ」、「方法(文化)」「時間」、「空間」といった様々な側面からアプローチすることが必要だと語りました。
最後に仙田氏は、「劇場建築は、視覚的な要素だけでなく、“体験する”という行為を通した評価がされるべきであり、「遊環構造3.0」に今後適応していきたい」との展望を示し、本セミナーは幕を閉じました。これまで培われてきた「遊環構造」の思想は、どのように発展し、どのような劇場空間を描いていくのでしょうか。環境デザイン研究所が見据えるこれからの劇場建築に、今後も期待が高まります。