劇場セミナー 『幕が上がる、その前に』― 創造の舞台裏から劇場を探る ― Vol.1 開催レポート
シアターワークショップが運営するP.O.南青山ホールに、劇場をよく知る人もこれから知りたい人も集った夜。
本トークショー・ホストの戸部和久氏は「自分は“劇場を使う立場”」、中井美穂氏は「“観客の立場”」とそれぞれの視点を掲げ、「この場にいるそれぞれにとっての色々な観点からの“劇場”を掘り下げていく場にしていきたい」と、劇場セミナー『幕が上がる、その前に』の幕を上げました。
記念すべきVol.01のゲストは、株式会社ヴィレッヂ代表取締役社長 で 劇団☆新感線プロデューサーの柴原智子氏。「お酒を飲みながら話すようにリラックスして、普段聞けない話を」と戸部氏が場の空気をほぐし、トークが始まりました。
柴原氏の原点は、劇団☆新感線の衣裳スタッフとしてキャリアをスタートさせたこと。かつて扇町ミュージアムスクエアにあった劇団の稽古場の空気を吸いながら、衣裳というのは「ただ着る服ではなく、動いて芝居をするものである」ことを学ぶなど、劇団員との密接な作業の経験が、やがて“舞台制作者”という総合力へつながっていった経緯を語ってくださいました。
今年45周年を迎えた劇団☆新感線。小劇場から大劇場へとスケールが変わることで芝居や企画内容にも変化はあるのかという問いかけに、劇団主宰 いのうえひでのりの「見せたいもの」の核は揺るがず、『阿修羅城の瞳』のように、初演(1987年 阪急ファイブ オレンジルーム)と再演(2000年 大阪松竹座/新橋演舞場)では、上演する劇場が変わっても「やっていることは同じ」と柴原氏は振り返りました。
一方で、公演現場の現実は生々しく、大規模公演の劇場は数年前から押さえ、主要キャストも早期に構想するのが常。座組が「弁当105個」に及ぶ大編成のカンパニーでは、奈落や楽屋ラウンジを含む“舞台裏の生活空間”をどう作り上げるかが、カンパニーの士気をはじめ公演の空気を左右するとのこと。
制作現場にまつわるトークは盛り上がりを見せ、大阪と東京の観客気質の違いや、『神州無頼街』(2022年)では「作中に登場する“富士山”が見える劇場で」と富士市文化会館 ロゼシアターを選んだように“劇場と風景”を結ぶ上演地の選択について、さらに花道を備えた劇場での上演にまつわる話など、具体例を交えて、話題は縦横に大いに広がりました。
劇場の設計に対する具体的な話題も飛び出しました。戸部氏から、現在の歌舞伎座の楽屋について、『勧進帳』の衣裳ですれ違うことが出来る廊下幅や部屋の大きさなど“役者からの要望”を取り込んで設計した分、各楽屋の入口に飾られる“のれんの寸法”が以前と変わることになったなどのエピソードが語られました。今後生まれる劇場が、様々な角度から出てくる要望を、どう日々の運営に耐えるものへ落とし込むかが重要となってくるかという課題が浮き彫りになりました。
また、「プロセニアム・アーチ(舞台と客席を区切る額縁状の構造物)がある劇場とない劇場、どちらが良いのか?」という客席からの質問には、「プロセニアムは“有る/無い”よりも間口や高さを可変できる柔軟性が重要なのではないか?」と登壇者から劇場を設計する側に向けて問いかけました。
同じく客席からの質問で「日本の劇場で一番好きな劇場」を聞かれた柴原氏は、「理想の劇場というのは、一言では言えないが、たとえば“同じ階層に舞台面があり、楽屋もそろっている劇場”」と答え、一例として「まつもと市民芸術館」は舞台面と同階に楽屋が並び、さらにラウンジを備える劇場として“居住性と運営性”の観点で高く評価されました。
近年の切迫課題として挙がったのが“稽古場不足”です。劇団☆新感線の理想は「大きな稽古場/役者の待機スペース/小道具制作室(出演する劇団員が小道具を担当するため)の三室が近接する構成」。劇場が確保できても稽古ができない事態は現実味を増し、都内の稽古インフラ整備は早急に解決すべき重要な課題だといいます。
劇団☆新感線のこの先の“野望”は海外へ。「訪日客が増える今、作品を世界の観客にも届けたい。劇団の持ち味である長尺の上演時間という壁も承知のうえで、それを越える体験を提供したい」と柴原氏は語ります。演劇の迫力を映画館で体感できる『ゲキ×シネ』は、スペインのシッチェス国際映画祭で好評を重ね、字幕越しに現地の観客による笑いやツッコミが起きたという手応えも得ることが出来たといいます。次は“生の舞台”で世界へ―その挑戦を柴原氏は明かしました。
トークショーの最後に柴原氏が残した言葉は、劇場への愛に溢れていました。「劇場は、日常ではない体験を提供する“祝祭の場”。創る側・支える側・集う観客が一体となってその場を活性化し、持続させていくことが大切です。今日の客席には“劇場を作る”人たちも多くいる。さまざまな人が集まって成り立つ【劇場】で、どれだけお客様を喜ばせ、日常を超える体験を届けられるか?私たちはこれからも一緒に劇場という場を育てたい。どうか力を貸してください。」
その呼びかけに会場は静かにうなずき、共感が広がっていきました。
締めくくりに、中井氏は「まるでお茶を飲みながらお話したようなリラックスした気持ちで、率直に色々な話を聞くことが出来た」と笑顔を見せ、シリーズのこれからについて「色々な人の目線から見た“劇場”は、きっと建物以上の存在。劇場空間とは何か、そこで上演される演劇やパフォーマンスとは何なのか――この『幕が上がる、その前に』でさまざまな方と語り合い、その正体を少しずつ読み解いていきます。」と語り、戸部氏も「現在 の自分の立場から“劇場”について尋ねることで新しい発見があった。皆さんと一緒に勉強させてください」と結びました。
多様な視点が交わったこの夜に、シリーズの幕が上がり、次回への期待が自然とふくらむ回となったといえるでしょう。
『幕が上がる、その前に』Vol.1を終えて
近年、多様化する価値観の中で、今後、劇場はどういった価値を提供できるのか?
その問いに、トータルプロデュースカンパニーであるシアターワークショップだからこそ応えられるのが『劇場セミナー』だと考えています。
これまでのハード中心の視点に加え、劇場内で起きていることや劇場人の声をすくい上げ、ハードとソフトの両輪で未来を描く。その想いから新シリーズ『幕が上がる、その前に』を立ち上げました。
記念すべき初回も劇場を愛する三名が揃い、大変熱のある時間となりました。ご多忙の中ご登壇くださった柴原智子氏、そしてホストの戸部和久氏・中井美穂氏——それぞれの視点からほとばしる劇場愛が、この企画の核を確かにしてくれたことに心から感謝します。ここから、劇場の未来を共に考えていきましょう。